広~く浅~く様々な事象を取り上げてみちゃったりしてます。 つまんなかったらごめんよぉ

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ここずっとデータつらつら眺めて、あれこればかりでしたので
今回はちょっと趣向を変えます。
というより、データに飽きたかも(苦笑
荘子

中国古典の一つに「荘子」(そうじ)というものが
あります。内容は一言で言うと、「適当」です。

え、適当って意味わからんよって思う人もいるでしょうが
もうちょっと詳しく言えば

せっかくの人生、世俗の価値観にとらわれたり
つまらないことにこだわったり、あくせく生きるのは
もったいない。もっと自由に生きてみよう。

みたいなちょいとどこぞの新興宗教ぽい教訓に
見えなくも無いですけど、そんな感じを
逸話をおりまぜて記されてる書物です。

今回は、そのなかのひとつの話を紹介したいと
思います。

「無用の用」

昔々の中国。中国でも一、二位を争う大工一行が
大仕事の帰りに、とても大きく立派なクヌギの木を見つけました。

弟子達は、親方に

「こんな立派なクヌギの木、今まで見たこと無いですぜ。
さぞかし良い材料になりますよ!。」

と、親方に言いますが、そこはさすがに親方。

「馬鹿もん、だからお前たちはマダマダなんだ。
いいか、よく聞け、これは役立たずの木だ。
船を作れば沈むし、棺おけを作ればすぐ腐る。
とても材料にならない。
使い物にならないからこそ、こんな大木になれるんだ。」

あー、さすが親方と。弟子達一向は大木に見向きもせずに
家に帰っていきました。

ところが、その夜
親方が眠っていると夢の中に、あの大木が現れて、言いました。

「オイおまえ、おまえは私を何と比べているのか?まさか人間の役に立つ木と
比べてるわけでは、あるまいな。梨や柿や柚の木は、実が熟せば
もぎ取られる、他の木も太い枝は折られ、細い枝だと引きちぎられる。
なまじ取り柄があるため、かえって自分を苦しめている。

だから私は無用でありたいと願い続けてきたのだ。おかげでこんな立派な大木に
なることが出来た。私が有用であったら、とっくに切り倒されていたに
違いない。

だいたいおまえと私も、元はといえばただの物ではないか。お互いの価値など
わかるわけないのだ。おまえも言わば死にぞこないの役立だず、
無用なものの真価などわかりはしないのだ。」

と、ここで荘子は説きます。

世間では無用だとして見捨てられているものこそが
実は本当に有用なのです。


とまあ、こーんな話が色々載ってるのが荘子です。

哲学・思想全般 - 哲学
してくれると、励みになります。


ちょと興味沸いた人には、さらにちょっとだけ詳しく。
荘子の作者は荘子(そうし)、名は周という人物。
今から二千三百年前、戦国時代中期の人で、孟子と
同時代とされるが詳しい経歴などは、よくわからないそうです。

って、全然くわしくないですね。。。(苦笑い
長くなりそうなのでね。。まだまだ修行がたりませんね。
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